網ソックス

今日は網ソックス*1を履いていた。

今年の夏はずっとサンダルで過ごしていたのだけれど、久しぶりに革靴を履くことにした*2。朝から雨の予報だったし、サンダルごと足がびしょ濡れになってしまったら、一日中ぐしょぐしょの足で過ごさなくてはならなくなる。

でも網ソックスで革靴を履いて違和感はないのだろうか? と思い、家を出る前に一度、靴を履いてみた。……不思議な心地。自分は今、石田純一とそれ以外の人間の間に立っているのだ、という感じがする。

しかし、わたしはあくまでも石田純一ではない。少し動くと、足裏に網ソックスの感触がする。そこに確かに網ソックスがある。

しかししばらくするとーーあくまで石田純一とそれ以外の人間の間に立っているのだけれどーー少しだけ石田純一に寄った気持ちになってくる。

……石田純一は、こんな適当な服装で外出しないよな。

ネット通販で適当に買った服*3を見てそう思う。

すぐに、自分の持っている中では少しいい服*4に着替えた。改めて鏡を見て、満足する。

これがレースソックスだったら、まだ石田純一以外の人間の立場でいることができたと思う。レースソックスは網ソックスと同じように穴は空いているかもしれないけれど、布地のある面積の方が大きい。メッシュ地もそうだ。

その点、網ソックスの心許なさと言ったら。

履いている意味があるのか? と言いたくなる。実際、機能面だけで言ってしまえば、履いていても履いていなくても同じだ。網ということもあって肌触りはお世辞にもいいとはいえないので、むしろマイナスかもしれない。

けれど、やっぱり異なるのは見た目で、裸足に革靴だと石田純一感が満載になるところが、網ソックスに革靴はただのオシャレな靴下を履いている人になる。

これは圧倒的な違いだと思う。街を歩いていて「あの人裸足に革靴じゃん、石田純一かよ」と指をさされることもない。

裸足に靴下を履いているのとなんら変わらず足は蒸れるのに、そんな事実はなかったかのような顔をして歩くことができる。それどころかちょと流行やオシャレを意識しているようにすら見える。

網ソックスが、わたしと石田純一を隔てている。

わたしは、機能面では何の役にも立たない網ソックス*5を身につけることで、本来裸足で革靴を履いた人間が背負うべきものから逃げているのだ。

網ソックスを履いている人間は、ほかより少し石田純一に近いかもしれないけれど、石田純一になることはできない。網ソックスを履き続ける限り、ずっと、石田純一にはなれないのである。

 

 

*1:母親が大阪市内の商店街で300円で買ってきた。

*2:普段履いているのは革のサンダルなのだけれど、どこからが革靴なのか

*3:Amazonで2000円

*4:LEBECCA boutiqueのワンピースです

*5:個人の偏見です