エッセイ書いた

noteでエッセイを書いた。
エッセイといえばnoteって感じがして、確かにこのブログで何かを書くのとは文体も意識も変わってしまうところがあった(今回は演習授業で書いた)。

note.mu

note.mu

別になんでもいいんだけど、この二つを読んでいるとエッセイって嘘くさいな〜と自分で思うところがある。
綺麗な言葉になおされすぎて、本当のことを語っていないような気もしてくる。
こうやって適当にバーっと書き連ねているものの方がよほどほんものめいている気がするし、自分の思っていることに近い気もする。

特に、『「思春期」と「恋愛」と「信仰」』に出てくる男とのことについて、ちょっと綺麗に書いたことに少し罪悪感がある。
男は本当に好きだったけど本当にクソみたいな人で(褒め言葉)、先日やっと連絡先を消した。

言葉ってちょっと変えると綺麗になったり汚くなったりして、難しくておもしろい。
おもしろいけど、こうやってクソみたいな男を綺麗に飾り立ててしまえたりするから、馬鹿そのものみたいな片思いをしてしまうんだろうなあ。