顔の話

「顔がよくなりたい」みたいな願望がない、という話をする機会があった。話し終えたあとに思い出したことなどがあったのでまとめておく。

別に自分のことを美人とかかわいいとかそういう風に認識しているわけではなくて、他人の顔のよしあしにさほど興味がないのと同じように自分の顔よしあしにも興味があまりない。そもそも顔のよしあしって何を基準に決まるんだ、という話もあるけれど。

自分の顔に関しては「美人になりたい」とか「もっとかわいくなりたい」とは思うことには思うんだけど、今は「この顔がどういう風に老いていくのか見たい」という好奇心が勝ってしまう。感覚としては朝顔の観察日記。品種改良とか肥料を与えまくるとかやりようはいくらでもあると思うんだけど、わたしは水やりすらサボりつつ見守りたい。

「顔をジャッジする」という行為が遠いのは単純にわたしがナルシストで自分以外にあまり興味がないからだと思う。自分以外に興味がないから、他人の顔のよしあしなんかにも興味がない。そして他人に興味がないと見られても問題ないし、そもそも比較対象がいないので自分の顔のよしあしにも興味がなくなる。自撮りと鏡は好き。なぜならナルシストだから。

中学生くらいの頃は自分の顔をめちゃくちゃ気にしていた。ただ「顔がよくなりたい」というよりは「普通になりたい」という感じだった。中学〜高校時代はずっと誰にも叩かれないように平均点を取っておきたいと思っていた。

顔のいい人=アイドルや俳優など、が好きじゃん、と思われるかもしれないけど、個人的には顔のよさよりも仕事の姿勢などのほうに興味がある。グラビアよりインタビューが好きみたいな感じ。元推しを応援するようになったのもダンスの滑らかな動きがきっかけで顔ではない。顔がかっこいいな、と思う人はいるけれど、だから応援しよう、という風にはあまりならな買った。BEYOOOOONDSの西田汐里ちゃんはめちゃくちゃ顔が好きでつい見てしまうけれど。

馬鹿のふりをしているつもりが本当に馬鹿だった

もう少し頑張ればできるというところにまで至っているのに「できない」「わかんない」と声を上げる性質は幼い頃からあった。それだけならいいんだけど、周りも甘やかしてくれたので(責任を押し付けてはいない)、「わかんないならやってあげるね」とか「できないなら無理にしなくていいよ」と言われるがままに育ってきた。自由。

まあ幼少期から打算的だったのでどういう風に言えば相手が肩代わりしてくれる、許してくれるかということを知っていた。相手を動かしているのは自分だと思い込んでいて、だから「自分は馬鹿じゃない」と考えていた。

本当に自由に育ててもらったので、好き勝手に学校に行ったり行かなかったりサボったりしていて、勉強もしたりしなかったりサボったりしていて、中学以降はろくな成績ではなかった。このサボるというのが悪い行いで、「サボっているから自分は勉強ができないだけ」と思わせてくる。素直に馬鹿であってほしい。

高校生のときに、一部の男性が「できない」「わかんない」と言うと喜ぶということを知り、それまでやっていた「わかんないなら調べる」を放棄した。「できない」と「わかんない」をフルで使いまわした。完全に赤ちゃん。

もともと適応障害でろくに教室の中にいれないのに「できない」つもりで授業に挑むから成績はロクでもなかった。覚えるつもりもなかったと思う。「できない」ことをどう言い訳しようか考えていた。

高校を中退してフリーターになって女性ばかりの職場で働くようになったとき、愛想よく甘えていたら女性にもこれは応用できると感じ「できない」と「わかんない」を極めようとした。

そうやって大学に入ってからも、いろんなところで「できないです」「わかんないです」と言いまくっていたんだけど、休学込みで大学3回生になった22歳(9月で23歳)の今、「できない」「わかんない」とか言っている場合ではないのではないかと思い始めている。

危機感を覚えたのは英単語で、中高で覚えるはずの簡単な英単語すら本当にまったくと言っていいほど覚えていなかった。発音も意味もわからなくて、どれだけ簡単な英単語でもGoogle先生に頼らないと読めない。

そういえば考える機会が減ったせいか、好きなものについてすらまともに語ることができなくなっていた。頭を使わないでいると、自分が何のどこをどう好きなのかが、どんどんわからなくなっていく。

周りは社会人になったり就活真っ最中なのにのうのうと大学生をしていて、その上なんの知識も好きなものもないなんてヤバい、と焦っていたら、社会人の友人が「趣味で勉強を始める」と言い出した。いよいよヤバい。

その上、わたしが馬鹿なことを言っているのを楽しむ人、「できない」「わかんない」を喜ぶ男の人のことを好きにはなれなかった。別に好きじゃないけど、「馬鹿のふり」をしていたら楽をしてかわいがってもらえるし、ラッキーだと思っていた。手間が省ける、くらいの感覚。

ずっと「馬鹿のふり」をしているつもりだった。でもおそらく始めのほうからずっと、正真正銘の馬鹿だった。

勉強の習慣はないし、すぐに「できない」「わかんない」って言うし、「どうしたらいいですか?」って委ねるし、言い訳するし、適当な相槌を打つし、自分で調べようとしない。

「できないんですよ〜」と笑うことが恥ずかしいと先日、人と喋っていて気がついた。すべての「できない」が恥ずかしいわけではないけれど、「できないんですよ〜」は恥ずかしい気がする。せめて試行錯誤してから「できない」宣言をするべきだ。わたしは一切していない。

うわあなんかもうほんとそういうの嫌だな。「できないから教えてください」とか「わかんないからやってください」とか、ふざけんなよ。

せめて目の前にある課題を真面目にやろう、と思って改めてやってみたら、わかんないことだらけで、今までどれだけ適当に物事を済ませて「わかった」気になっていたんだろう。

勉強したい。でも何を勉強したらいいのか「わかんない」みたいな状況で、これは数年脳みそを働かせずに生きていた代償だ。ここで人に「何を勉強したらいいですか?」って聞きたくなるんだけど、絶対に聞かない。

ブログと交換日記を始めて、 #これは日記です をやめました

サブアカウントで新しいブログを始めて、何人かと交換日記を開始しました。以前からTwitterInstagramで行っていた #これは日記です という日記を画像化して投稿する取り組みをやめたことが理由です。タイトルとは順序が逆になってしまうのですが、 #これは日記です という取り組みをやめた理由を書いてから、ほか2つについて書こうと思います。

#これは日記です とは

上述した通り、ただただわたしの日記を画像化してTwitterInstagramに投稿するというものです。日記を取り組みということ自体に違和感があるのですが、ちょうど1年ほど前から始めた取り組みです。

日記の末尾に「これは日記です。」という言葉をつけ、 #これは日記です というハッシュタグとともに投稿していました。Instagramの投稿はほとんどアーカイブ化してしまいましたが、TwitterInstagramのストーリーアーカイブには残っているので興味があれば検索してみてください*1

f:id:akoumi8:20200514190217j:plain
#これは日記です の例。これは珍しい例で、ほとんどは縦長の長方形の画像でした。

始めた理由

「構築さん」を始めた理由と似ているのですが、大学の友人*2から「あなたが何を考えているのかわからない」と言われたことがきっかけです。

わからないなら書き記して見せればわかってもらえるのでは? という安直な考えで、自分の日常や考えていることをまとめました。その際になんとなく思いついたのが、#これは日記です という文言です。

どうせ友人に見せるならかわいい画像にしたいなと思い(女子大生なので)、カラフルな背景にアプリで文字を入れる、という形式にしました。ブログでもいいじゃん、と今なら思うのですが、なんで画像にしたのかはわかりません。

やっていて

思ったよりも反応をもらえた、というのが本音です。

いろいろな人から「#これは日記です 読んでるよ〜」と言われました。まずその言葉で、#これは日記です という言葉が1つのシリーズになっていることに驚きました。

Twitter上の他人のいいねが見える機能やリツイートなどによって知らない人から #これは日記です をきっかけにフォローをいただくこともありました。Instagramも同様です。#これは日記です を読んでわたしに興味を持っていただいて、仲良くなった方もいます。

ハッシュタグを付けた時点では「検索をしやすくする」以上の考えはなかったので、それがまさかシリーズ名のようになるという発想自体がなかったですし、1人の友人に向けて日記を晒すつもりだったので(個人宛に送らなかったのは、彼女がそれを負担に感じるであろう性格だったからです)、繰り返しになりますが、たくさんの驚きがありました。

なぜやめたのか

#これは日記です が「取り組み」になっていくうちに「日記」ではなくなっていくのを感じたからです。

最初は1人の友人にわたしのことをわかってほしいと思ってさらけ出すように、本当に日記のつもりで書いていましたが、徐々に見てくれる人が増えて(そんなに多くはないとは思いますが)、他人の目を意識するようになりました。

わたしはもともと、1人で書く日記でもかっこつけて自分の都合のいいことしか書かないような性格をしているので、「日記じゃなくなる」という恐れはなかったのですが、知らないうちに自分がひとつの取り組みを行ってしまっている、ということに少しストレスを感じるようになりました。

日記という性質上リスクは低かったと思いいますが、無自覚に何かを取り組んだときに、責任を取れる自信もなかったので、まあ1年経ったしやめるか、と思った所存です。

日記を書くのをやめる程度でこんなブログを書くのか? と思われるかもしれませんが、無自覚とはいえわたしにとってひとつの取り組みになっていたこと、いろんな人から「読んでるよ」「楽しみにしてるよ」と言ってもらっていたことなどから、ここにやめた理由を残しておこうと思います。

新しいブログについて

#これは日記です をやめると同時に、id:Kabeuchiというサブアカウントでブログ「kabeuchi」を始めました。
kabeuchi.hateblo.jp

日記や日々考えていること、オススメしたいものなどについて、たまに書き記しています。今度は、「kabeuchi」という名前の通り、誰に見せるという意識もなく、ただ壁に話しかけるようにブログを更新しています。

#これは日記です を書いていうちに日記を書く習慣ができて(とはいっても毎日ではないですが)、新しく書く場所がほしかったので作りました。

「来世はポメラニアン」を使わなかったのは、なんとなく日記の雰囲気とブログ名が一致しないことと、こちらではベストコスメだったりこういったお知らせのようなものだったり、1記事に対して1つの話題を載せていきたいなと思ったからです。

サブアカウントを取ったことは特に意味はありません。はてなは公式でサブアカウントが取れると知って、取りたかっただけです。

交換日記について

#これは日記です の「自分のことを知ってもらう」という部分に加えて「相手のことを知る」という何かができないかな? と考えた結果、一番素朴な答えが「交換日記をすること」でした。

今は数人の知人・友人を誘って、LINEのノート機能を使ってやり取りをすることにしています。

日記、とは銘打っていますが、日々にあったことだけではなく、普段考えていることや身の上話や哲学っぽい話が出てくることもあります。相手が書いた内容に言及したり、しなかったり、問いかけたり、問いかけなかったり、それに答えたり、答えなかったり、すべて自由にやろう、という感じです。

先ほど言いましたがわたしは1人で日記を書くと自分の都合のいいように事実を歪めてしまうし、だからといって多人数に見られる日記はもう経験したし、ということで、1対1の、たった1人の閲覧者に向けての日記を書きたいな、そして相手のことも知りたいな、と思いました。1人にこそこそ話をするほうが、素直に話せるような気がします。

1日に何回書いてもいいし、1日おきでもいいし、何週間も書かなくても、飽きてやめてしまってもいいと思っています。構築さんもそういうルールで運営していますが、構築さんとの大きな違いは、匿名の人格の構築のための投稿であるのに対して、交換日記はわたしと「あなた」の極めて個人的な実名でのやり取りであることです。

交換日記のおもしろいところは、これまでの日記とは違い、特定の相手がいることによって、話す話題や考える内容が変化することです。また、相手によってもそれは変化します。

交換日記のお相手はひっそりと募集しているので、知人・友人や、お会いしたことがある人、お互いがLINEを交換してもいいな、と思えた場合はぜひお願いします。

*1:当時好きだった男性への恨みつらみなどが出てきます

*2:構築さんのきっかけとなった友人とは別の人です

lisnのお香にハマっている話

アルバイト先のSlackで雑談していた際に「lisnのお香がおすすめです」という話になったので、具体的にどんな風におすすめなのかを語ります。わたしも先輩から教えてもらったので、人に教えて恩を返すぞ〜!

諸注意

換気

lisnのお香はそんなに煙たい方ではないと思うけれど、換気は大事だと思います。煙ばっかり吸うことになったらよくないので……。

一応火を使うので、安全面には気を付けてください。周りに紙類を置かないとか、基本的なことですが。

受け皿

lisnではお香立てを売っていて、それとセットのお香もあります。灰を受けてくれるタイプのお香立てもあるのですが、まあ飛んだりするので、受け皿があると便利。

おすすめのお香

lisnのお香はフローラルクラシカルグリーンフルーツシトラスムスクオリエンタルスパイスという種類に分かれていて、それに加えて期間限定のお香がある、という感じ(認識あってるかなあ)。お香ひとつひとつの名前やイメージストーリーにこだわっているのがめちゃくちゃいいなと思っています。アソートメントという数種類をセットにしたものがあるので、最初はそれを買うのがおすすめです。個人的に推したいのは期間限定で発売される季節ごとのアソートメント。今は春のものが売られていますが、立夏からは夏のセットが売られます。

では、カテゴリー別におすすめのお香を紹介します。引用はイメージストーリーの言葉の一部です。あくまで一部。全部読んでね。公式HPを見て、イメージストーリーが好きなお香を選ぶ、という選び方をしてもハズレはないと思います。ムスクだけ持っていませんでした! すみません!

フローラル

おしろい
バラの香りがベースになった少女的な甘い香りです。公式では「女性的」と書かれているのですが、個人的にこの「おしろい」はちょっと背伸びしてお化粧を始めた女の子、くらいの香り。かわいい香りなので、身にまとうと清楚な気持ちになります。これはイメージストーリーがめちゃくちゃいいです。

ずっと永遠に
自分が大人になれないような気がした。

LISN STORE |076 LUCY: インセンス


和風の花々
これは匂いは落ち着く感じなのですが、何よりも見た目が好みです。ピンクと緑の2色で構成されていて、燃える時の様子が美しいんです。燃えていくところをぼーっと眺めるのもお香の醍醐味だと思うので、そういう意味でもおすすめです。

目を凝らすとき、そこに匂い立つのは
彼らの故郷、
野原や山や川景色の春。
それは今、微かな重みをもって掌の上にある。

LISN STORE |131 VERNAL TAPESTRY: インセンス


清楚な鈴蘭
冬にぴったりな、鈴蘭の香りです。落ち着いた甘さがあって、「おしろい」とはまた違った清楚さがあります。大人っぽい感じかもしれません。部屋にふわりと香るととても心地いい気分になります。

なぜなら、初めての色のシャツを着ているから。
シャツに袖を通した時、何かに包まれた気がした。

LISN STORE |031 LILY OF THE VALLEY: インセンス

クラシカル

香木とマリン
重めの香りが多いクラシカル。その中でも「香木とマリン」はこれからの季節にぴったりの、懐かしい海の近くの家の香り、という雰囲気です。ちょっと和風かもしれない。

塩の香りをまとった、
田舎の家はもう主も代わってしまったけれど、
あの夏の日の思い出の香りは忘れられない。

LISN STORE |206 SEA: インセンス

グリーン

ホワイトローズと泡
お香を表すキーワードが「海の泡」の時点で好きです。上品で素敵な香りで、リラックスしたいときにぴったりかなと思っています。

海の泡から生まれたバラ。
海と大地の両方から祝福を受けたその身は、
圧倒的な美しさを備えていた。

LISN STORE |267 SEA FOAM: インセンス


露に濡れた緑
爽やかな朝を迎えたい人におすすめしたい香りです。焚く前にお香を直接かいでみてほしくて、思いっ切り吸いこむと、本当に目が覚めると思います。

朝露の光
樹々の葉音
万緑が輝き
一陣の風が
駆け抜けていく

LISN STORE |001 MORNING BREEZE: インセンス

フルーツ

ストロベリー
名前の通りにまさにストロベリーそのものの香りで、焚くと部屋の中が「かわいい」に包まれます。部屋の中に匂いが残るので、持続するかわいさ。かわいいは焚ける。

おばあちゃんちで摘んだ苺。
小さいときの私の役目。
それは、赤い苺を毎朝、籠に摘む仕事。

LISN STORE |073 FRAISE CHATEAU: インセンス


カシス
こちらも甘いカシスの香りがします。「ジャックプレヴェールの詩の世界」というのが素晴らしいと思う。一時期これにハマって毎日これを焚いていました。それくらい心地いい香り。癖になります。

きょうはいくんちなの
きょうは毎日だよ
愛しいひとよ
きょうは一生だよ
恋しいひとよ
ぼくらは愛しあって生きているのさ
ぼくらは生きて愛しあっているのさ
ぼくらはわからない これが一生だって
ぼくらはわからない これが毎日だって
そしてぼくはわからない これが愛だって

ジャック・プレヴェール Jacques Prevent 作
<弥生書房 平田 文也訳より>


スコールと白い花
スコールに濡れた植物の香りとして作られているので、みずみずしいイメージを抱きます。

雨の音を聞きながら、そろりそろりと花が開く。
自分の事を美しいと思いもせずに、
その時がくれば、必ず、花を咲かせる。

LISN STORE |222 RHYTHM: インセンス

シトラス

パッションフルーツシトラス
ほおずきの香りです。夏っぽい爽やかな雰囲気がします。「夏のお昼に、オレンジのお香を焚く」という見た目がめちゃくちゃ好きです。

夏の陽光をたっぷりと含んだそれを、
ひとつ口に入れると、
懐かしい気持ちがいっぱいに広がり、
しみる。

LISN STORE |264 HOZUKI: インセンス

オリエンタル

月桂樹とスターアニス
涼しい香りだな〜という印象です。「露に濡れた緑」と同じで、思い切り吸い込みたくなるような香り。爽やかな気分になることができます。

からだいっぱいに光りを浴び、
やがてその身に金色に輝く花をつける。

LISN STORE |268 SHINE: インセンス

スパイス

ミント
ただただミントの香り。爽やか。部屋の中と気分が清々しくなります。

今日のこの空を、爽快なミントの香りと共に
頭の中にインプットしておこう。

LISN STORE |039 CLEAR SKY: インセンス



以上です!

引きこもりの街

f:id:akoumi8:20200417183315j:plain
姉と姉の友人と遊んだとき
最近はもっぱら、『あつまれ どうぶつの森』の世界と在宅アルバイトの世界を行き来するだけで生きている。

もともと引きこもり気質だったけれど、いざ「必要なとき以外は家の中にずっといなさい」と言われると息苦しさを感じるものなんだな、と意外に思った。どれくらい息苦しいかというと、昨日勝手に泣き出してしまったくらい。別に大したことでもないし何があっったわけでもないんだけど、小さなストレスが積み重なっている感じがした。自分よりも他人に。それに刺激されて泣いてしまったという感じがする。

どうぶつの森には、こんな状況じゃなければこんなにはまらなかっただろう。四六時中ずっとやっているので、目が痛くなってきている。走り回ったりおしゃれをしたり友人のところへ出かけたり、今はあまりできないことを堂々とできることが嬉しい。特に友人や姉と会うのが好きだ。チャットで話せるのも気楽でありがたい。

必然的にテキストコミュニケーションやリモートでのやり取り、電話などが増えて、自分が苦手なのはコミュニケーションではなく生身の人間なのかもしれないと思った。質量が苦手なんだと感じている。肉体があると必然的に情報量も増えるというのもあるかもしれない。

今、外出の際には母親に相談してから出かけているのだけど、彼氏にも「承諾がない以上は会えない」と言われ、とてもちゃんとした、いい人と付き合ったなと思った。

こういうときこそ本を読んだり映画をみるいい機会なのでは、と思っているものの、一向に手をつけることができていない。「考える」ということが嫌になっているところがあって、よくない傾向。アルバイトで嫌でも頭を使うのでそれが唯一の救いかもしれない。

zoomなどで飲み会をよくしている。コロナが流行る前よりも人とのコミュニケーションが増えたのは、みんなどこかで不安感を共有したいという気持ちがあるからだろうか。単に誘いやすくなったというのもあるか。ただ終わりが見えなくなったな、とは思っている。

楽しいんだけどどうぶつの森をやりたい気持ちもあって(これは一旦離席して外の空気を吸いたい、みたいな気持ちと近いと思う)、なので大体の飲み会では途中から1人でどうぶつの森をしている。大抵の人は笑って許してくれるのでオススメしたい。わたしはずっと人と喋っていると楽しいけれど頭がパニックになってしまうので、単純なゲームなどをして気を散らしながら話を聞く、という形が一番楽だ。態度悪そうに見えるけど。

つながる

昔からテキストコミュニケーションの文化の中に身を置いていることが多かったし、テキストコミュニケーションがとても大好きなんだけど、それだけでは伝わりきらないものもあるな、ということを最近思っている。

対面や電話だと表情や仕草、声のトーン、間合いなどから、かなりの情報を得ることができる気がする。

もちろんそれを深読みしすぎて疲れる、みたいなことも多々あるのだけれど、それに関してはテキストでも同じことは起こるので、自分の性質として仕方がないのだと思う。

 

だいたいわたしが相手の言葉を深読みしすぎて勝手に磨耗している、という構図なのだけど、それを「相性の悪さ」みたいな言葉で片付けられるとどうしても虚しさが募る。実際相性としてはよくないと思うのだけれど。

 

個人的に愛することと許すことは異なっていて、必ずしも許すことだけが愛情ではないと考えている。

 

友人から「自分の精神的な感じと相手の態度とか合わんときあるからすぐにどうしようと思わんくていいかな」「自分が相手のことを1番知ってると思い込む」と言われて、あーなるほど、と思った。

 

小説を書き終わったことが嬉しい。無事に賞に出すことができたので、次の賞に出すための小説を書きたいと思っている。

 

宇佐見りん『かか』は脳髄を揺さぶられるくらい好きな小説で、たまに読み返している。

うまれるということは、ひとりの血に濡れた女の股からうまれおちるということは、ひとりの処女を傷つけるということなのでした。

 

宇佐見りん『かか』

 

f:id:akoumi8:20200401233118j:plain
帰り道の桜
4月になりましたね。全く関係ありませんが最近のできごと・思っていることなどを書き連ねていきます。

  • 復学します
    • まったくしたくない
    • コロナが怖い
    • 普通に授業が面倒くさい
    • 1時間半の講義に耐えられる自信がなくなっている
      • 休学前の2年後期からほぼちゃんと講義受けれていない
  • 大学に友達がいない
    • 同年齢は卒業・同期は4回生になった
      • 4回生、みんな講義少ないので実質誰もいない
    • これはあんまり気にしていない
    • そもそも代返とかの大学生コミュニケーションが嫌い
      • ノートの貸し借りとかも嫌い
      • そのせいで潔く単位落としがち
      • それはそれでよくないのではないか
    • 今更友達を作ろうとも思わない
      • 1回生の時めっちゃコミュニケーション頑張った
      • そのせいで倒れた
    • 友達、いなくても困らない
      • そりゃそう
      • 人生のオプション
  • 母親のもらってくるマスクがいかつい
    • いかつい
    • 黒くていかつい
    • ちょっとつけたくないくらいいかつい
  • メイクに困っている
    • マスクを常につけなければいけない
      • バイト先で外してしまうときあるけど
    • ファンデーション・マスクに付着問題
      • これはもう仕方ない
      • 塗らなかったら顔色悪くなるし
    • リップ・マスクに付着する上に隠れてしまう問題
      • リップメイクができないのかなり悲しい
    • アイメイクを濃くするべきなのか
      • 最近アイメイク薄めを楽しんでいたのに……
      • 一度やってみて無理そうなら諦める
  • 推しがよくわからんドラマに出る
    • 卓球の王将というやつ
      • それはテニスのプリンスではないのか
    • イケメンめっちゃおる
      • おりすぎ
    • 推しの顔がよい
      • よい!!!!!!!!!!!
  • 自分だけ2年遅れている
    • ちょっと焦る
    • 自分だけではないんだけど
    • 同年齢が社会人になったのに大学3回生をやっている
      • 2浪だと思い込んで頑張ってる
    • 経済的自立の遠さ
      • 申し訳ない
    • ただいろんな人に知り合えて楽しい部分もある
    • 年齢が関係なくなるのはよいことではないか
    • なんだかんだ楽しい気もする
      • がんばるぞー